銀杏の木

「校庭に大きな樹があるわ。そこに10時に。」

　待ち合わせの場所はこの町で唯一の小学校。なるほど校庭には、背丈も
枝ぶりも大きな銀杏の木が、どんと存在感を示していた。

　季節は初夏。青葉が天に手を広げるかの如く大きく広がっている。
秋になればきっと一面に美しく黄い扇の葉を湛えて鮮やかに色づくはずだ。

「大きいでしょ？」

　ふいに後ろから声をかけられた。
　
「お姉ぇ！」
「久しぶりだね。元気してた？」

　淳子がニコニコしながら近づいてきた。元気かと聞かれて、一応ねと
作り笑いを返してみる。淳子にはまだ気づかれたくはない。

「ここの小学校の、まぁシンボルみたいなものよ。」
「この銀杏の大きさは、半端じゃないね。」
「そうね・・・。」

　淳子の言葉はそこで途切れる。
　
「あ、ええっと。ほんとに久しぶりだね。」
「なぁに？急に会いたいなんて。」
「ああ・・・あはは。ちょ、ちょっとね。」
「なによ、あらたまって。君がそういう時はあーんまり、いい話はないって
昔から相場は決まってんのよねぇ。」

　高校時代からの付き合いだ、隠し事をしてもすぐにばれそうになる。
　だが拓哉は努めて平静を装ってみた。
　
「お姉のことが恋しくなってさ。いつもは手紙ばかりだから顔やら声やら
聞きたくなったんだ。」
「それだけかなぁ。ほんとにぃ？！」
「時間は、いいのかな。ちょっとだけ付き合ってもらっても。」
「ええ、いいわ。夕方までに戻れば。夕食の時間までにお願いね。」
「あ、そんなに引き回すつもりじゃないんだ。」

　どう切り出せばいいだろう。淳子にどう伝えたら、思いは伝わるだろう。
そんな焦りばかりが拓哉をとらえて放さない。

　車に乗り込むと、助手席を促した。
　
「後ろ、開けてよ。」淳子が催促する。
「ええ？横には乗らないの？」
「だ・め・よ。言ったでしょ？私だってまだ一応人妻なのよ！」
「はぁ？人妻ってことと、助手席とどういう関係？」
「やだよぉ。もしも！事故った時に、不倫していた、なんて言われるの。」
「ちぇっ。お姉らしいや。」

　あははといって淳子は笑う。つられて拓哉も笑顔を取り戻す。
　
「そんじゃ、後ろに乗ってよ。お客さん。」

　オレはタクシーかよ・・・拓哉はぶつぶつつぶやきながらも、久々に
再会できた淳子を前にして気持ちが安らいでいくのを感じていた。

　自分はまだ淳子のことが好きだ。どう表現していいのかわからないが、
プラトニック以上、欲望未満・・・。
　こんな曖昧な気持ちは淳子に対して失礼だろうかとも思いつつ。

「どこか、お勧めの場所ってないの？」

　地の利のない拓哉は淳子に尋ねてみる。
　
「それじゃ、ちょっと走った先に寺があるの。そこまでいこうよ。」
「ＯＫ。」

　拓哉の期待に反して、車の後部シートに座っている淳子の提案に従い
車は、峠道へと走り出す。