富貴寺

　町の大通り、といってもそこは田舎道。
それほど大きくない通り道をゆっくりと進む。

「安全運転、お願いよ。」
「わかってるって！もう・・・。」
「ふふふ。」

　憎まれ口をたたきつつも、不思議と心が落ち着いていく。
そう、この感じ。淳子と過ごす時は、リアルでありながら
どこか現実離れしている分、多幸感の中に包まれる。
もはやそれは中毒のようなものなのかもしれない。

　淳子のことが好きなのか、この多幸感をいつまでも味わいたいのか・・・。
「あそこよ。」
「ＯＫ！」

　程なく、寺の山門がみえてくる。

　石段をゆっくりと登りながら横を歩く淳子に視線を移す。
紫の、薄手のカーディガンを羽織っている淳子に話しかけてみる。

「お姉、相変わらず紫好きだね。」
「まぁね。テーマカラーみたいなものよ。」
「紫は高貴な人が身に纏っていたともいうけれど、俗に欲求不満の色とか
いわないかい？」

　からかい半分でそういうと
「ばーか。」と一言、言い返される。その瞳は笑っていた。

　石段を登り切って少し行くと富貴寺の阿弥陀堂が見えてくる。

「へぇ。古式ゆかしいな。」

　ここもまた、秋に訪れたら一面、もみじのベールを纏っていることだろう。
そのころまで自分の命があるのかどうか。

「ここはね、九州でも最古といわれる和様建築なんだってさ。国宝だよ。」
「静かな景色の中に身を置くと、落ち着くね。」
「そうだね。お互い昔からこういう風景は好きだったね。」

　思い出した。高校時代、淳子と意気投合した理由は二人とも部室の窓から
同じ風景を好んで眺めていたからだ。

　神社よりも寺院に興味を持ったのはそこに仏像があったから。
　如来にせよ、観音にせよその穏やかな表情が見るものに与える癒しの心に
拓哉も淳子も魅せられたからだった。

「お弁当食べる？」
「え？わざわざ作ってくれたの？」
「それはもう、他でもない拓くんのためだもの。」
「うそつけぇ。親父さんのおべんとのついでだろ。ネタばれだよ。」
「あはは。ばれたか。でも今日君に逢うことを見越して、親父にはお弁当に
してもらったんだ。だから。」

　木陰に腰をおろして、淳子が作ってくれたお弁当に箸をつける。
うれしかった。初めて口にする淳子の手料理の味。

「あのころに食べたかったよ。お姉・・・。」
「それは、いわないの！」

　時期が中途半端なせいか、ここを訪れる人影も少ない。

「不思議な縁だと思ってるよ。拓くんとはね。」
「僕は今でも、お姉のこと好きだよ。」
「知ってるよ。あのときも知ってたよ、君の気持ちは。だけど・・・」
「いいんだ。気にしないで。今こうして会えている現実に感謝している。」
「拓くん・・・」

　拓哉は淳子に微笑みかける。けれど目には少し涙が滲んでいた。