ニライカナイ−この夜にさよなら−(7) by ひろ (ペンネーム: 結城 潤)

 障害

 豊後高田から戻った拓哉だったが、思いもよらず容態が悪くなってしまっていた。

 無理が祟ったか、あるいは薬の効力が失われてきたのか。気分の優れないまま、
時間ばかりが過ぎてゆく。

 拓哉は思い切って友人が開業している医院を訪れた。
 
「ばかやろう。何考えてる、こんなに弱るまで何してた?」

「すまん・・。いろいろやり残したことがあってさ。」
 

 木下先生、お先に。

 馴染みのナースが先に帰っていく。

「見せてもらったぞ、診断書。率直に言って芳しくはない。」

「あぁ、それにしても個人情報なんてないに等しいな。そこまで知っているなら
話は早いさ。」

「おまえ、治験薬を使う気はあるか?」

「治験薬って?」

「薬はその効能や効果が認められて世に出るまでには、とてつもない時間と金が
かっている。治験ていうのはぶっちゃけた話、人でその効果を計ろうとするものさ。」

「木下よ、オレは主治医からは1年だと言われた。だけどもう少しだけ時間が欲しい。
やり残したことを、すべてとは言わない。3つだけ叶えるにはまだ時間が足りないんだ。
頼む。一縷の望みがあるならすがりつきたい。」

 拓哉は正直な気持ちを木下にぶつけた。その気持ちは木下も察しているようだった。

「おまえのこと、嫌なやつだと思ったこともあったよ、正直な。だが今は医者としても
おまえの友達としても、できる限りのことをしたいと思う。」

「木下・・・頼むよ。望みがあるならオレは・・・。」

 嗚咽にも似た拓哉の言葉を遮るように木下が答える。

「おまえを助けてやることは正直難しいと思ってる。ただ、病気の進行を遅らせて
症状を緩和し延命させてやることはできるかもしれない。それが俺のしてやれる
せめてもの・・・。」

 木下は少し言葉を詰まらせた。医師としても友人としても目の前の人間のすべてを
救ってやれないもどかしさ、無力さをあらためて思い知った瞬間でもあった。

「ありがとう。恩に着る。オレもできるだけ後に続く人の役に立てるようにせいぜい
精進するよ。」

 顔を見合わせ、拓哉と木下は笑い合った。

「大学の方からも治験参加要請がきている。手続きを済ませて早々治療にかかろう。」

 その言葉だけでもずいぶんと励まされる。ここ数日優れなかった気分も明るくなり、
少しだが希望もありそうだ。淳子との約束、そして拓哉の望み。

 拓哉の言葉通り、叶えるためにはまだ時間が足りなかった。季節の移ろいは早く
北の大地を走るには季節が傾きつつあった。
(2005.09.27)
Copyright(C) 2002-2005 結城 潤 

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