病床にて

　木下から治験薬の投与を受けるために入院する必要があった。
　
　投薬を受ければ症状が劇的に改善するかといえば、それは一筋縄でいきそうには
なかった。

　未知の薬には予測し得ない副作用が伴う。
　拓哉の場合も例外ではなく本来の病気の症状は少し押さえられていたものの食指不振、
微熱、悪心が続いていた。入院してから半月以上も気分の優れない毎日を送らざるを
得なかった。
　
　わかっていた事とはいえ、入院はそれだけで時間をロスしてしまう。
　拓哉は窓の外の移ろう季節を眺めながら、果たして自分の選択が正しかったのか、
今更ながら苛立ちを隠せなかった。そのことが優れない気分に一層拍車を掛けていた。
　
　苛立ちと焦燥とそして副作用と闘う憂鬱な日々を過ごしていたある日、思いもかけず、
淳子から連絡が入った。
　ついでの用があるので見舞いに来るという。心が高ぶる反面、疲れでやつれてしまった
自分の姿を見せて心配をかけてしまうのではないかと悩まされた。けれどもそのもやもや
した霧のような不安感は淳子の笑顔によって振り払われた。
　
「お姉え・・・。」

「やあ、少しダイエットした？」

　淳子はやつれた拓哉に気を使ってか冗談交じりにそう話しかけた。
　
「わざわざきてくれなくてもよかったのに。」

「あれぇ、それはお言葉ですこと。心配してたんだからね、これでも。」

「ごめん。ここのとこ体調が優れなくてさ。うれしかったよ、ありがと。」

　淳子がわざわざ大分から出向いてきたのは、別居している夫との間に結論をだすため
でもあった。

「たっくん、あたしね、正式に別れることにした。このままずるずるしていたって何の
進展もないし。」

「そうなんだ。オレも早くここを抜け出さないとな。」

「そうだよ。約束、覚えてるからね。」

　淳子は取り乱さぬよう落ち着いて話していたつもりだったがそのことがかえって
ぎこちなくさせた。

「お姉え、オレがんばるよ。約束は守る。少しだけ待っていてよね。」

「うん、少しだけね。まちぼうけはヤダからね。」

「了解っす。」

　淳子の顔をみて元気を取り戻した拓哉が少しだけおどけてみせた。

　それでも季節はどんどん傾いていき、やがて冬籠もりの季節がやってこようとしていた。