ニライカナイ−この夜にさよなら−(11) by ひろ (ペンネーム: 結城 潤)

 冬籠もり

 拓哉の容態は一応落ち着いていたため、クリスマスから年明け松の内までは
外泊許可が下りた。

 投薬については木下のクリニックで頼む事とし、万が一に備え大学病院で
バックアップ体制をとり、副作用による緊急事態にも万全の体制を敷いてくれる
ことになった。

 ここまでの支援が敷かれる背景にはこの薬に賭ける製薬会社と研究者、そして
許認可を与える国との利害が一致していたからにほかならない。

 けれども拓哉の喜びは全く別のところにあった。

 年末年始を淳子と一緒にマンションで過ごせること。
 高校時代、初めて淳子を好きだと意識してからこれまで叶う事のない”祈り”の
ようなものだった事が皮肉にも病気になったおかげで叶えられた。
 愛するものの傍らにいる事ができる喜び。

 投薬による副作用で不機嫌な日々が多かった中、ここにきて本当に心から純粋に
喜びを感じられることに拓哉は感謝していた。

 一時的とはいえ病棟を離れ外泊許可をもらったので正月勤務の病棟ナースたちの
労をねぎらうため、気持ちばかりの差し入れをした。

「拓哉君、顔色いいじゃない!」

「しばらくは、お別れだねぇ。寂しい!?」

「なーにいってるんだか。そばに綺麗なお姉さんがいるくせに。」

「あら。あいつは姉ではありません!カノジョです。」

「はいはい、ごちそうさま。あたしたちには年末年始がないんだから差し入れ
お願いよ!!」

「心得ました。」

 あはははは。
 
 長い入院ですっかり馴染みになったナースたちと軽口をたたく。
 
 主任と打ち合わせをしていた看護師長が拓哉に声をかけてきた。

「病院にいるときはまだいいけれど、外にいるときは特に体調の変化に気をつけて、
ね。自分ひとりの体ではないのだと思って。」

「はい、ありがとうございます。」

 病になって初めてわかる他人の慈愛、か。拓哉はいつまでも皮肉なままの幼い
自分に少し苛立ちを覚えた。

 暮れから年明けまでは自宅のマンションで過ごす。投薬で木下のクリニックへ
出かける以外は、冬籠もりよろしくずっと自宅に隠れ住んだ。

 食事は淳子が作ってくれた。たまに手伝おうとすると、邪魔になるからと
キッチンを追い出される。

「お姉が意外と家庭的だったのには驚かされたよ。」

「あのね、私はこれでも主婦だったんですからね。ちょっとだけどさ。」

「ごめんな、本当なら初詣とか行きたいところなんだけどさ。」

「だめだよ、無理な事言っちゃ。たっくんの体が一番なんだから。」

「ああ、分かってる。ちょっと悪いかなと思ってさ。」

「早く体調戻ってくれないと、旅の計画だってたてられないんだから。
約束、忘れてないよね?」

 忘れるわけはない、それは今の拓哉にとって最も重要な”使命”なのだから。
(2006.02.14)
Copyright(C) 2002-2006 結城 潤 

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