助走　出雲へ

　三寒四温とはいうものの、今年は春の嵐が頻繁に吹き荒れる。
春めいた陽気かと思えば、木枯らしのような風が吹き、体調を
壊しそうになる。

　旅立つ時期を決めなくてはならない。

　拓哉は自分の体がいうことを聞くうちにすべてのかたをつけて
しまいたかった。
　時間が過ぎればそれだけ、思うに任せなくなってしまう。
そうなってからでは遅すぎる。悔いの残ることだけはしなくはない。

　本当に、このまま淳子を巻き込んでしまってもいいのか。
　自分のエゴのために淳子に無理強いをしているのではないのか。
そんな思いが拓哉の決意を鈍らせた。

　すがりつきたい。このまま何もせず朽ち果ててしまうのはあまりに
口惜しい。だからといって、自分のわがままを淳子に押し付けても
いいのか・・・。

　今更なにを、と淳子は言うに決まっている。けれども。

「何見てるの？」

　不意に淳子が拓哉に話しかける。

「あ、ああこれ。マシンをさ、どうしようかと思ってね。」

　拓哉が手にしていたのは、カワサキのバイクカタログだった。

「カワサキにするの？あたしはどちらかといえばヤマハ党だけどなぁ。」

「オレ、限定解除してないからでかいのは無理だしさ。でもタンデムで
旅に出となればある程度馬力もいるし。４００ｃｃクラスでも、ずんぐり
しているものはパスしたいし。」

「贅沢ね、だけど後ろに乗っかるものとしては走行性能と安定性は
譲れないな。」

「わかってますって。カワサキの血統を受け継いだゼファーがいいなと
思ってたんだよ。」

　淳子が頷く。あなたの好きにすればいい、と瞳が微笑んでいる。

「お姉さ、出雲大社には行ったことあったっけ？」

「ううん、ないわ。なぜ？」

「北へ行く前に、ちょっと走らない？小旅行だけどさ。」

「大丈夫なの？無理はしないで。」

「いや、無理するつもりはない。それよりもあそこで確かめたいことが
あるんだ。迷信じみているけどね。」

　微笑んでいた淳子の瞳が少しだけ曇った。

「あのさ、長旅に出る前に馴らしておく事も必要なんだよ。体もマシンも。」
「いいわ、じゃあ行きますか。助走ってところね。」

　少々唐突な提案だったが淳子の同意をとりつけて、出雲への旅を決行する
ことにした。拓哉の中ではすでにルートも決まっている。
　高速を使わず、国道を北上し海岸沿いを流しながら行く道だ。
　
　拓哉は出雲で自分の中のジンクスを確かめるつもりでいた。出雲大社は
縁結びの神といわれるが、結ばれるべき相手ではないときには縁切りの神
となる。
　淳子の心を試すつもりはないが、拓哉の心の揺れは見えざるものの力にも
すがりつきたいと思うほど大きかった。

　そこで出た結論に素直に従おう。北へ旅立つ前に自分の鈍る心にひとつの
道しるべが欲しかった。

　春まだ浅い卯月、目標をゴールデンウィーク前後と定めて拓哉は準備を
進めた。