私は迷っていた。千絵に事実を問いただすべきか。
　母親ならば「本当のこと」を知っているだろう。
　だが、それを知って私はどうしようというのか。
　焦燥感だけが私の心を覆い尽くしていた。
　
　何よりあの日の朝から、芙美子は私の目の前から姿を消したのだった。
　一週間がたち、二週間がたっても私には何の連絡もよこしてこなかった。

　はじめは事故や事件にでも巻き込まれたのかと思っていたが、千絵には
連絡をいれているらしい。

　「三邑はんには、心配せんようにと伝えてくれいうとりました。」

　心配しているのではなく、私は確かに焦っていた。
　このまま芙美子が私の前から永遠にいなくなってしまうのではないのか、と。
　今ごろになって我が身を切られるような痛みを感じている。
　傍らに芙美子がいることがあたりまえになって、馴れてしまっていた。
　芙美子が居ないということがこれほどまで心を傷つけられるとは思ってもみなかった。
　
　芙美子が私の中で大きな位置を占めていたことにあらためて気づかされたのだった。


　私は来る日も来る日も吉田の下宿で眠れぬ夜をすごし、御幸町のマンションで
富貴子の描いた絵を眺めながら、芙美子が帰ってくるのを待ち続けていた。
　それは気の遠くなるような孤独と焦燥感との闘いだった。

　ある日、私の携帯電話に着信があった。相手は城戸だった。

　「おい、どないしてるんや。生きてんるか？」

　「当たり前だろ。そう簡単に殺すなよ。」

　「打ちひしがれているところに申し訳ないんやけどな、
おまえの耳にはいれとかなあかんことや。」

　「おまえが思わせぶりに連絡をよこすときはろくなことがない。」

　「そや。あんましええ話やないな。うちの大学の研究室にな、
俺の後輩がおるんやけど。」

　「そりゃ大学の後輩ぐらいはいるだろうさ、おまえにもな。」

　「ちゃうんや、そいつは芙美子さんの主治医でもあるんやで。
それでな、最近どうも二人がつきおうてるんやないかて噂があってな。」

　私は動揺していた。私の前から姿を消した芙美子は主治医のところにいるのだろうか。

　「それで。私にどうしろと。」

　「芙美子さんはおまえの前からいなくなったんやろ。せやけど、失踪したわけやない。
要するにそういうことや。もうやめとけ。深追いするんやない。」

　「なぜだ？芙美子がそういったのか。」

　「おまえのこと心配してやってんのに。もう、しらへんわ。好きにしたらええわ。」

　「結論は自分自身で出すだすよ。」

　電話はそこで切れた。自分でも本当はどうしたらよいのかわからなくなってきていた。

　城戸が話した、芙美子の話。
　芙美子は自分の主治医とつきあっているかもしれない。芙美子は私の前から姿を消し去った。

　この事実を、どう受け止めればよいのだ。
　まただ。きっとあの時の二の舞になる。
　私は混乱と焦燥の中で自分自身を見失いそうになっていた。