千絵の話を聞いてからというもの、少し芙美子を見る私の心が変化したように思う。
同情、と人からは見られるかもしれないが心に深く傷を負った人間を目の前にしては
おっせっかいだと言われようとそれが私の弱さだと責められようと見て見ぬ振りをする
ように捨ておくことは、私にはとてもできなかった。

　性格の障害と千絵は言ってはいたが、よくよく聞けば、芙美子の中に富貴子が
同居している、俗な言い方をすれば多重人格なのだということがわかった。
　姉の死が直接的な引き金として芙美子を発病させたのは確かのようだ。だが幼い頃、
姉妹は千絵の旦那にあたる男に随分と虐待を受けたらしい。千絵と前の主人との間に
生まれた姉妹を男は忌むべき存在として扱ったようだ。
その頃からこの姉妹は、いや千絵もまた傷つき長い間苦しんできたのだろう。
だが親子の間には微妙にバランスが保たれていた。少なくとも姉の富貴子が身を投げるまでは。

　ただ、話を聞いて私にはひとつだけ腑に落ちないことがあった。芙美子の服装である。
　普段、あまり化粧気のない、ラフなスタイルで過ごしている芙美子の姿をみていると
岡崎の交差点や永観堂の庭で見かけた、光の中に包まれているような動的な印象がない。
むしろ静的というか、物静かな、悪く言えば事務的な雰囲気の姿しか見たことがない。
　素人の私には分からないことだが、ひとりの人間の中に別の人格があるということが
それほどひとりの姿形を変化させてしまうものなのだろうか。
　私があのときに見かけたような服装は芙美子は持ち合わせてはいないようだった。

　ひとりで悩むと深みにはまってしまい、身動きがとれなくなる。そんな自分のことは
自分が一番よく知ってる。奴に連絡してみよう。
　雪雲が広がる都の空を部屋で眺めながら電話帳代わりの携帯から友人に連絡した。


　「もしもし、三邑ですが。」

　「おお、三邑？久しぶりやねぇ、今どこにいてんのや。」

　「今、吉田にいる。またこっちで暮らしているんだ。」

　「なぁんや、都落ちかいな。奥さんと別れたらしいな。大丈夫か。」

　「まぁ、な。自分一人の面倒ぐらいはなんとか。」

　「自分の面倒すらみきれなくて暴走しかけたおまえにしたら、えらい進歩やな。」

　「おまえには世話になった。」

　「こっちにおるんなら今晩、飲みにいけへんか。」

　「ああ、俺も折り入っておまえに相談がある。」

　「気色悪いな、金ならないで。ほな、また夜に。」

　学生時代からの友人であり、気心の知れた奴だ。全てではなくてもいい。
わずかなきっかけでもいい。糸口でもかまわない。
藁をもつかむ気持ちで奴に相談してみようと心に決めた。