梅田のミニシアターにかかっていたその映画は、現代のパリを舞台に、
女流画家と小説家の恋愛模様を描いていた。ストーリー展開のテンポが遅く
もどかしさを覚えたが何より主人公の小説家が今の自分と重なってしまい、
深く感情移入してしまった。
　まさか芙美子にはそんな私の心の同様を見透かされてはいないと思うのだが、
映画館を出るとき、芙美子が見せたかすかな笑みが妙に気になって落ち着かなかった。

　午後からでかけたので映画が終わった頃にはあたりに夕暮れが迫っていた。

「芙美子さん、これから京都に戻るだけですか。」

「いいえ、別に用事はおへんけど。三邑はん、どこぞええとこにつれていって
くれはりますのん？」

　今日の芙美子は、生気に満ちており鬱屈とした硬い表情はかけらも見られない。
　初めて芙美子を見かけたときの凛とした表情とはまた違った、おだやかな美しさが
私の心をとらえていた。
　芙美子も私も多分に映画の影響も受けていたのだと思う。普段は無口な芙美子も
今夜は饒舌だった。

「食事でもどうかな。」

「うれしいわあ。まるでデートしてるみたいやわ。」

　子供のように上気した笑顔で芙美子ははしゃいで見せた。
　ようやく芙美子と二人ででかけられたことで私もまた少々浮かれていた。
北新地にある、カウンター席の日本料理店におちついた。

　芙美子は意外と酒に強く、食事をしながらとはいえペースが早かった。
美味い料理を肴に、さしつさされつ酒を酌み交わしかなりハイペースで
ふたりは飲んだ。

「芙美子さん、大丈夫？結構飲んでるけど。」

「心配おへん。歩けへんごとなったら、三邑はんにおんぶしてもらうし。」

「おいおい、大胆なこというなあ。」

「あれぇ、今夜は三邑はんがうちの保護者やさかいなあ。」

　保護者、か。とつぶやきながら私は少し傷ついていた。

「あ、堪忍え。保護者いうたらあかんなあ。」

　芙美子はいたずらっぽくそう言った。酔いのせいだろうか、芙美子の瞳は
潤んでいてそれがいっそうなまめかしかしさを強調していた。
私もまたかなり酔っていたが、鈍った頭でふとある疑問に思い当たった。

・・・人格の解離がおきているのだろうか、もしかすると姉の富貴子の人格
なのだろうか・・・

　疑いは一瞬頭をよぎっただけで、今宵の宴の楽しさに我を忘れてしまっていた。
芙美子がさらに唐突な提案を示しても、酒で麻痺した私の頭では冷静な判断が
できるはずはなかった。

「三邑はん、お泊まりしていこ。」

「え？大阪で？」

「安っぽいホテルとちがうえ。そこにヒルトンありますやろ？
リザーブしてあるさかい、いきまひょ。」

　確信犯だ。その時の私にはもう芙美子に抗うことはできなかった。
　いや、岡崎公園で見かけたあのときから私はすでに芙美子の虜になって
しまったに違いなかった。