約束の地

　濡れ縁に腰をおろす。
　幾分落ち着きを取り戻した拓哉は、淳子の顔をのぞき込むと
「膝枕してよ」とせがむ。
　
「しょうがないなぁ。今日だけよ。」

　淳子は拓哉を窘めるが、本当は拓哉を抱きしめたまま離したくはなかった。
今そこに存在する人が、消えてなくなってしまう。そんな残酷な事実を素直に
受け止める自信がない。

「たっくんの願いは、何？」

「お姉、高校の時に話したあの約束を、覚えてる？」

「なんだぁ？そんな遠い昔のこと忘れたよ。」

　あの時の約束。例えお互い、それぞれの道を歩いていたとしても、
いつの日か縁があったなら二人で旅に出ようと。

「お姉は覚えてくれている。忘れてない。二人で北の大地をめざそうって。」
「そうね・・・。忘れてないよ・・。」

　淳子は、胸がつまって言葉が継げなかった。込み上げてくるものを押さえよう
と必死にこらえていた。

「あの時の約束を果たしたい。お姉に大変な迷惑をかけるのはわかってるけど
オレにはもう残された時間が少ないから。」

　淳子は、ただうんうんと頷くのが精一杯だった。

「もうひとつ。これはね、すごく重大なお願い。」

　涙が頬をつたうのもかまわず、淳子がとぎれとぎれに聞き返す。

「なに・・よ。ぜいたく・・ね。まだあるの？」

「お姉に、こどもを、オレとお姉の子供を生んで欲しい。」

　拓哉の言葉に、一瞬、真顔になり息をのんだ淳子だったけれど、それすら
以前から彼がずっと言い続けていたことでもあったことを思い出した。

「たっくん、ちょっとだけ冷静になってね。あたしはまだ人妻だし今すぐには
答えを出してあげられない。だけどそれも時間の問題ね。少ししたらひとりものに
逆戻り。そのときはもしかしたら・・・。」

　淳子の言葉を待たず、膝枕からからだを起こすと、拓哉は淳子をきつく抱き寄せる。

「わかってる。少しだけ待ってる。長くは待てないけど・・・。」

「うん。そのときは二人で行こうよ。中標津の開陽台まで。」

　ニライカナイは南の海の彼方にある、神の国ともいわれる場所だ。
ふたりはその理想郷からもっとも遠い場所へ旅にでようとしているのだった。