四条通から縄手通りを上がり、最初の角を右に折れれば
夕暮れの空にスナックやらクラブのネオン群が煌めいている。
　城戸が連絡してきた「琴乃」というその店はビルの4Fにあった。

　ドアを開け店に入ると、濃い青を基調に深海を演出しており、
止り木と数席のテーブルを配したベーシックな店内構えだった。

「おう、三邑。」

　カウンター席の奥から城戸が私を招く声がした。

「おこしやす。」

　城戸のつれあいが声をかけてきた。

「すまんな、急に呼び出して。」

「おまえの急はいつものことだろ。」

　城戸が柄にもなく杓子定規なことを言うので、私も憎まれ口をたたいてやった。

「紹介するわ。こいつは琴乃や。まぁ芸妓を生業にしとる。
店の名前はこいつの名前からとってるらしいわ。」

　ただ、店は琴乃の妹が切り盛りしているということだった。

「話ってなんだ？」

「いや話言うてもたいしたことやないんや。
琴乃がな、おもしろいこと言い出しよってな。ちょっと話したりぃや。」

　城戸のそばに寄り添っていた琴乃が私に一枚の写真を見せながら話し始めた。

「へえ、この写真、見ておくれやす。
せんど、清水さんのところでお会いした娘はんて千絵さんのお嬢はんどっしゃろ？」

　琴乃が見せてくれたセピア色の古い写真は若き日の千絵の芸妓姿が移っていた。
その面立ちは芙美子に瓜二つといってもよかった。

「うちのおかあはんがこの写真を持ってたのを思い出したんどす。
そんで城戸はんに見せたら、三邑はんにお見せしたらどうや、いうことになりましてん。」

　母子なんだから、若き日の母親と娘の面立ちが似ていることに何かあるというのだろうか。

「これがどうしたんだ？」

　私は腑に落ちないといった面持ちで城戸に聞き返した。
城戸の口からは思いもよらない答えが帰ってきた。

「おまえの付き合っている女は、ほんまに芙美子さんか、いうことや。」

　城戸がどういう意図で話をしているのか掴みかねていた。

「何だよ、いきなり。」

「おまえ、前に、富貴子さんは千絵さんによく似とる、いう話をしとったやろ。」

「ああ、何かのときに千絵さんに見せてもらったな。
芙美子よりも姉の富貴子さんの方が、面立ちも性格も千絵さんに似ているそうだ。」

　琴乃が口を挟んだ。

「うち、まだ中学生のころの富貴子はんと芙美子はんにおうたことありますんえ。
夏の暑い日ぃでふたりともタンクトップ着てはりました。」

　記憶を丁寧に辿るように琴乃は話した。

「そんとき、富貴子はんの右肩と芙美子はんの左肩にちょうちょのような痣をみたんどす。
双子いうてもみんな一緒やないんやなぁて、そんとき思うたんどすわ。」

　双子だと左右がシンメトリになると聞いたことがある。
一方が右利きなら他方が左利きだというように。
　言われてみれば蝶のようなその痣は芙美子の右の肩にあった。
私の中に納得のできない漠然とした不安感が広がった。

「うち、清水さんとこでお会いしたとき、千絵さんの娘さんやなぁと思うたのと、
ちょうちょが右肩に止まっているのをみたんで、城戸はんに話しましたん。」

　琴乃の言葉を取って城戸が話してきた

「俺がおまえに深入りするな、言うたんは、まんざら外れてへんかったみたいやな。」

　頼んだ水割りに酔ったせいではない。
頭が混乱し、自分が今どこで何をしているのかさえ明瞭ではなくなってきた。
娘を亡くしたと聞いたときの思いが、フラッシュバックした。

「芙美子は、芙美子ではない、ていうのか。」

「俺は詳しいことを知らへんが、可能性は否定でけへん。それにな・・・」

　私がうわのそらで話を聞いているのをみて、城戸は話を切った。

「まぁ、今夜は飲めや。」

　城戸はそう言ってバーテンに水割りを追加注文した。