刑事による任意の事情聴取というのもはほとんど名ばかりである。

　私が前夜富貴子と一緒だったとわかると、質問は尋問に近くなってきていた。

「あんたは仏さんと親密やったんでっしゃろ。今回の事故・・・、あ、いまんところ
　事件性は薄いと考えてますんや。教えてくれはりませんか。真実がわからんことには
　仏さんも成仏できはらしまへんで。」

　真実？
　いったい何を持って、この刑事は「真実」などというつもりだろう。

　それよりも何よりも、私は自分が受けた心の衝撃があまりに大きかったことを
改めて思い知らされた。娘の死を知ったときもこうだっただろうか。
あの時よりも強い衝撃だったのか、ここ数時間、いやこの２、３日の記憶がほとんど
飛んでしまっていた。

　刑事に尋ねられるまでもなく、今の私はいろいろなことを思い出せずにいた。

「あんたも辛いやろ。深い仲やった女が死んでしもて。なんか思い当たることあらしまへんか。」

　深い仲？刑事の言葉がいちいち耳障りだった。言葉遣いはきわめて丁寧なのだが、
慇懃無礼とはこのことであろう。

　そのとき外から別の刑事が声をかけ、私の目の前の刑事が席を立った。

「ちょっと失礼しまっせ。」

　聴取室の外で話していた刑事たちがにわかにざわめきたった。

「何やて？そないなことがあったんかいな。ほなら、こっちの線から突破口が開くかもしれんな。」

　聴取室へ戻ってきた刑事は私にこう言った。

「仏さんには他に男がおったらしいな。どうやらあんたはとんだ道化役やったみたいやな。
　女に利用されたんやろな。もう帰ってよろしいで。身元引き受けのお人もきはったようやし。」

　そこには城戸が弁護士を伴ってやって来ていた。

「おい、三邑。帰るで。」

「城戸・・・。すまんな、かさねがさね。」

「そういう話は後にして、このうっとうしい場所からはよ出ようや。」

　城戸と弁護士に付き添われて部屋を出ようとした私に、件の刑事が話しかけた。

「また協力してもらうこともありますやろ。そんときはよろしゅうに。」

　城戸の連れて来た弁護士は、私もその刑事もそのときはまだ知らなかったのだが、
３年前芙美子の騒ぎの時に日向家の交渉代理人として強引なまでの辣腕を振るった人物であった。


　城戸と私、そして弁護士とで帰る道中、おもむろに城戸が話しかけてきた。

「こちらの弁護士さんが、おまえに話があるそうや。俺は先に帰るさかい、話聞いてきいや。」

　弁護士は、千絵から重要な用件を頼まれてきた、と私に告げた。

「おまえにはいろいろ思うところもあるやろけど、悪い話では無さそうやで。」

　城戸は何かを知っているようであったが、多くを語ろうとはしなかった。

　城戸だけ先に帰ると、私と弁護士の二人は彼の事務所で話をすることになった。
　
「三邑様には唐突に思われるかもしれませんが、日向様から是非に、と言付けを預かって
参りました。」

　あまりに突然の話に私は二の句が継げなかった。その用件とは、私に日向家の養子となり
家を守ってほしい、というものだった。混乱を隠せなかった私は、弁護士の次の言葉で
自分を取り戻した。

「それは、亡きお嬢様の遺志でもあるのです。」

　富貴子の、遺志。

「三邑様のお手を煩わせることはございません。煩雑な手続きその他いっさいは、
お任せ頂ければ私の方で処理いたしますので。」

　その申し出がなくとも、私は残された千絵のことを守っていくつもりでいた。
　贖罪というにはおこがましいけれど、私のこれからの人生をかけて千絵を守り、
富貴子や芙美子、そして亡くしてしまった私の娘の魂を弔ってやろうと思っていたのだった。

「そのお話はどうか進めてください。私は了承しましたから。」

　富貴子の一件や養子の話も含め、いっさいを弁護士に託して、私は御幸町のマンションへ戻った。